5月7日(金) フラットよ!
次の町まで50キロ。
朝8時前、アニカ宅を出る。
アニカとグレタの二人はまだ寝ているのか寝室から出てこなかったので、
昨夜ラザニアを食ったテーブルの上に書き置きを残してこっそり脱出。
サウザルクロウクルにも港がある。
この辺なんてもう北極圏だろうに、冬は凍ったりしないんだろうか。
それにしても、これから一輪車に乗りましょうという荷物じゃないな。
町を出る前に、まずは朝メシがわりのビスケットを食うとしよう。
たまーに人の家でご馳走を食べさせてもらうのは嬉しい。
でも、こうして自分の好きな時に好きな場所で食うビスケットが、どうにも心地いい。
ちょっと雲行きが怪しいのが気にかかるけど。
町を出てすぐ。やっぱり雨。
次の町までは50キロ。どうしよう。町に戻るなら今だ。
でも昨日見た天気予報では今日は雨じゃないハズなんだが。
うーん、こういう時は悩む。
11時半。
雨は依然として降ったり止んだり。
しかもここから先、霧で覆われて真っ白。
うわーどうなるんだ。
この場所で長い休憩を取り、ひたすら考える。
もうこの際、ここでテントを張って天気が回復するまで待ったほうがいいんじゃないか。
とにかく、雨が降ると気がメゲそうになるんだ。
天気が良ければなんとも思わないような道が、雨が降るだけで途端に心身を追い詰める。
もうしんどいし、まったく楽しくない。
だいぶやられている動画。
まいったなぁ…。
でもまぁ、こんな寂しいとこにいるよりは、もうちょっと進んでみようか。
久々にクルマが通った。
今歩いているのはリングロードと呼ばれる国道1号線じゃないので、クルマはとても少ない。
リングロード上にあるヴァルマリーズから海岸線沿いにあるサウザルクロウクルまで連行されて来たおかげで、
次の町のブロンドゥオスまでは74号線というローカルなルートを通ることになる。
アニカいわく、この道は最近補修されたので舗装がよく、クルマも少ないから安全だろうとのこと。
確かに舗装はいいし、クルマも少ない。
それはいいんだが。
なにやらこれから先、道が長ーい峠にさしかかっているような気がしてしょうがない。
「あの道はほとんどフラットだから走りやすいわよ!」とかなんとか言ってなかったか!?
な、長ぇ…。
ダラダラダラダラと続くのぼり坂。これは立派な峠じゃないのか…。
おのれアニカ!
天気が悪い時にこの峠はつらい。
気温も低く、吐く息が白い。
その上まわりが霧に囲まれてるってだけで、不思議と精神的にも萎えてくる。
これはアイスランドに度々ある、日本でいう県境みたいなもんかな。
白クマのマークが珍しかったので撮った。親子?
ここが地域の境界ということは、たぶん峠の頂上付近でもあるのだろう。
しかし長かったなこの峠…。
斜度はそうでもなかったが、距離は5、6キロは続いたハズだ。あーやれやれ。
峠制覇記念に水を汲む。水冷たっ!!
水はアニカ宅で補給してきたのがまだ大量に残っていたのだが、
残念ながらあの家の水道はイオウの風味が強かった。
アイスランドの水道水には時々温泉みたいなイオウ臭があって、そのまま飲むにはちょっとつらいのだ。
イオウ風味が鼻に抜けないようにして飲むという高等テクをすでに編み出してはいるのだが、
毎回そんな風にして水を飲まんとイカンということがそもそもイヤだ。
と言うわけで、やっぱり綺麗な川の水のほうがおいしいということになる。
それもできるだけ高度の高い場所の水のほうが、綺麗で安全なような気がする。
さぁ、これからは下りだ!
長い長い上りの後のご褒美。
峠の頂上を越えると天気も良さげ。
これでようやくマトモなユニサイクリングができそうだ。ホッとするよ。
峠の向こう側はあんなに寒かったのに、今はもう暑いぐらいだ。
15時半。
天気が回復して坂もなくなれば、後は早い。
一気に進んで、ブロンドゥオスまであと9キロ。
今となっては74号線の旅も悪くなかったなーなんて思ってしまうのだから現金なものだ。
つい数時間前までは、ちょっと歩いては休み、
座り込んでは虚ろな目でその辺の石を拾っては投げ、というようなグネグネ状態だったのにな。
自分のまわりのちょっとした環境の変化に、こんなにも敏感に反応して心身の状態を左右される。
こういうことは、日常生活では気がつきにくいものだ。
平凡な日常というのはつまり、あまり環境が変わらないということだからな。
近いハズなのになかなか見えて来ないなーと思ったら、いきなり現れた。
逆光でよく見えないけど、今度の町は坂の下にあったんだな。
町って、なぜか峠や坂の近くにあることが多い。
その町が形成されてきた歴史をほんの少し垣間見る気分だ。
とにかく町!
長いユニサイクリングを経てようやく町に着いた時はいつも最高!
最初に行くのは、やっぱり店!まずは食料を確保だ!
しかし、ええ!?
これは!!
俺が店内でこんなものに目を奪われていた頃、
店外では少女たちが携帯のカメラで俺のユニサイクルを激写していた。
俺が出て行く頃にはもういなかった。チィッ、惜しい!!
店内のカフェテリアでホッと一息。至福の瞬間である。
しかし前方にいる可愛らしい幼女。
皿に満載されたフライドポテトに大量の塩を振るので、見ていて気が気じゃない。
その後に母親が現れて、さらに塩を振る!!
あああああ…。
肉体的なポテンシャルが俺とは決定的に違うんだ。うん、きっとそうだ。
一息ついたら、今度は寝床探しだ。
まだ17時なので走ろうと思えば走れるが、この先には当分町もないし、今日はここで泊まるのがいいだろう。
ちょうど目の前にキャンプ場があった。
なかなか広くて良さげではあるが、やはり閉鎖中。
しかしここには雨をしのげるいい場所があり、かなり魅力的だ。
どうしたもんかなーと悩んでいるところに、おもむろにパトカーがやって来た。
うわ、これは職務質問のパターンだな…。
中から若い警官が出てきた。
「やぁ!ニュースで見たよ!調子はどうだい?」
…なんか軽っ!
「調子はまずまずだよ。ところで、このキャンプ場は泊まってもいいのかな?」
「あぁ、どうかな。電話して聞いてみるよ。」
おもむろに携帯を取り出してどこかにかける彼。
「大丈夫、オーナーが好きに使っていいって言ってるよ!」
おぉ、ありがたい!閉鎖中のキャンプ場に警察公認で泊まれるとは。
そんな彼、どうも俺のマウンテンユニサイクルに興味津々なようだ。
「…乗ってみる?」
おやまぁ、なんと楽しそうな。
警官とパトカーと一輪車。日本ではまずなさそーな光景ではある。
彼はしばらく熱心にトライしていたが当然のごとくすぐには乗れず、
鮮やかに見本を示した俺も疲れていたようで最後に転び、
お互いの携帯で写真も撮りまくり、
そして警官はパトカーに乗って笑顔で去っていった。
なんだったんだ…。
あんなにニコやかでフレンドリーな警官もなかなか見られるもんじゃないな。
ちゃんと仕事してるんだろうか。
いや、アイスランドは事件が少なすぎて、神経がささくれるヒマもないのだろう。
でも、厳戒態勢でいかめしい顔ばっかりしてる国とか、
親切に道を教えてくれたと思ったら金を要求してきた国とか、
今まで見てきたいろんな国の警官たちより、彼のほうがよっぽどいい。
さて、公僕からのお墨つきをもらったのでまずはテントを建て、
そしてまだまだ時間があるので、警官に教えてもらったスーパーに買出しに行くとしよう。
キャンプ場を出てさぁスーパーに、と思った途端、またしてもさっきのパトカーが!
「やぁ。どこかに行くのかい?」
「うん、スーパーに行こうと思ってね。」
「おぉ、じゃあ乗せてってあげるよ!」
えーー!?
思いっきり至近距離っぽいし本来ならクルマに乗る必要もないところだが。
…見たいよな?アイスランドのパトカーの中身。
ほほぅ、イッパシの装備はついてるっぽいぞ。
なんていう観察をするまでもなく、いきなりスーパーに到着。
ホンマに近くやんけ!!
アイスランド人は本当にどんな近くでもクルマで行く傾向があるな。北海道民にとてもよく似ている。
それはともかく、ありがとう。
町で泊まる時のお楽しみは、アイスランドのビールを飲むことだ。
普段は酒なんてなくてもいい方だが、今に限っては時々飲むビールが非常にうまい。
つまみはもちろんビスケット。
酒を飲み終わってもまだまだ明るい19時。
余裕があるのでホロ良い気分でブロンドゥオスの町をあちこち走り(酒気帯び運転)、
クルマに乗ってついてきた青年たちと会話し、子どもたちと話し、最後は港で遊ぶ。
旅を前に進める以外の目的でユニサイクルに乗るということが今までほとんどなかったので、
こうやってのんびりと、特に目的もなく走ることが新鮮だ。気分が開けてゆく。
でもこうやってあんまりウロウロしてたら、
また親切なアイスランド人に捕獲されかねないので気をつけないといけない。
正直ちょっとは期待してる部分もあるけど。
いい寝床もみつけたし、今日は早めに寝るとしよう。
今日は54キロしか走っていないわりには、
雨・霧・峠・寒さ・暑さ・ファンキーな警官と、あらゆる体験をしてしまった。
おもしろいとか楽しいとか言うよりも、
次々と起こるそんな出来事に、ただ感心した。
今日はそんな感じ…。
ススム モドル プギャー