5月6日(木) 流れてきた


ヴァルマリーズは存在感が薄い。 



寒い夜だった…。今も寒いけど。
テントを建てるのを面倒がるとこうなる。

まだ朝の5時か。
近所のドライブインが開くのは9時らしいので、この大して広くもない町を散策しながら開店を待つとしよう。
しかしこのヴァルマリーズという町、
大して広くもないくせに坂だらけというのが不思議でしょうがない。
あたりにはなーんもない平野ばかりが広がっているというのに、なぜわざわざこんな斜面に町を作る!?
のぼるのがしんどいだろうが!!



9時過ぎ。
町を怪しく徘徊した後、ようやく店が開いたので侵入。あーあったかい。

中に併設のスーパーで、性懲りもなくダンケーキと板チョコを買ってしまった。
ダンケーキ!
デンマークから日夜輸入されてくると思われる、奇跡的なほど甘いケーキである。
味を忘れた頃にまた買ってしまったが、やはり甘い。ド甘い。
コーヒーで流し込まなければとても食えない。
そうか、コーヒーばっかり飲んでる北欧人にはこれぐらいの甘さがちょうどいいのか。なるほど。
味は全部で3種類あるらしいのだが、これで2種類は極めた。あともう1つ…クククク…。



昨夜は暗くてわからなかったけど、
高台から眺めるとこのあたりがちょっとした平野であることがわかるな。
本当になんでこんな斜面に町があるんだろう。

ところで、今日はこれから珍しく人と会う予定なのだ。

ずいぶん前にヴァレリオがネット世界を暗躍して見つけてくれた人物と、
これからこの町のキャンプ場で会うことになっている。
どうやってそんな人を見つけてきたのかは知らないが、
ヤツはメールで確か掲示板だかフォーラムだかに投稿したと書いてたな。ふーん。

ドライブインであったまった後、キャンプ場に行ってゴロゴロしていると、
しばらくしてキャンプ場に緑色のクルマが突っ込んできた。
どうやら待ち人が来たようだよ。
車内から大柄で陽気な女性が現れ、挨拶もそこそこに、クルマに乗せられる。

彼女はアニカ。
家族でドイツからアイスランドに移住してきたそうだ。
英語が堪能で、運転しながらベベベベーーー!!と喋りまくる。
たぶん俺、7割ぐらいしか聞き取れてない。
クルマはヴァルマリーズの町を出た。どうやら彼女の家は郊外にあるらしい。

アニカの英語を聞き取るのに集中しているうちに、クルマは怖るべきスピードで平野を突っ切り、
とある標識のところでヒョイッと曲がった。
すると目の前には、わりと大きな町が広がっている。
あれ?ヴァルマリーズのすぐ近くに別の町なんかあったっけ?

彼女はクルマで町をサラッと案内してくれた後、丘の上にある自宅に俺を連れてきた。
ちょっとオシャレな公営住宅みたいなところだ。

通された家の中には犬が2匹…。またかよ!
しかも今度のは中型犬で、しかもアタックが激しい。
あちゃー、ホントにどこに行っても犬がいるな。アイスランドの家は!
犬は決して嫌いじゃないんだが、こう自由奔放かつ情熱的に室内を闊歩されるのはどうにもな…。



運動に飢えているらしい犬と遊んでやりつつ、ベランダから外を眺める。

…ん?
あれはなんだ。湖か?

いや違う、海だ。
あれ、ここは海辺の町だったのか!

今さら気づいた。
さっそく地図を見ると、この町はサウザルクロウクルと言って、
ヴァルマリーズから北に30キロほども走った場所らしい。

そうだったのか…。
俺は今まで、ここはてっきりヴァルマリーズの近郊にある別の町かと思っていた。
まさか海まで来ていたとは!
クルマの中でアニカが「私の町にはビーチがあるよ!」と言っていたのを、
リバーサイドの間違いじゃないのか?なんて思っていたのだが、それは確かにビーチだったのだ。

いやーそれにしても…。
俺がアニカの英語を聞き取るのに必死だったせいか、アニカのドライビングテクが壮絶だったのか、
とにかく30キロも走ってきたとはまるで思ってなかった。
アイスランド東部のセイズィスフィヨルズルに引き続き、
またしても人のクルマでリングロード以外の町にやって来てしまったよ。



あてがわれた部屋。
コンパクトで快適そうだ。

アニカはこの家によく旅人を泊めるんだと楽しげに語る。
彼女は陽気だし、きっと賑やかなのが好きなんだろう。
俺の英語力が彼女についていかず、早いテンポの会話についていけないのが残念だ。

この家には彼女のパートナーとおぼしきヒゲ面で俺並みに痩せたグレタという男性がいるのだが、
彼は寡黙な雰囲気であり、しかもずっとパソコンに熱中していて忙しそうだ。
社交的なのはアニカだけなんだろうか。よくわからん。



ガレージで油を借りて、ユニサイクルに注油をする。
今まで一回も注油なんかしたことはなかったのだが、
昨日の雨の後で明らかにキシキシと異音が鳴りはじめたので、さすがに気になっていたのだ。
いいタイミングで油を借りられてよかったよ。
ついでにヒマそうだからブレーキの再調整もしてみよう。



天気がよくないので暗いけど、まだ午後2時。
サウザルクロウクルの町を散策してみる。
確かに海辺の町だわ…。



アニカが自慢するほどとは思わないが、ヴァルマリーズよりは確実に大きな町だ。
ちょうど学校の下校時間だったらしく、
下校中の子どもたちにみつかってちょっとした騒ぎになってしまう。
笑われもし、イエローと呼ばれもし。
俺のほうもイマイチ元気がなく、彼らと楽しく交流する気にもなれない。

どうも寝不足なのがいけない。
昨晩は身長よりも短いベンチの上で寝袋1つで寝てはみたものの、寒くてほとんど眠れなかった。
そういえば昨日は一気に100キロ走ってしまったし、疲れもあるだろう。
今日は風も強いから、アニカの家でゆっくり休養させてもらえるのはいいことだ。

アニカ宅に一旦戻ろうと思って歩いていたら、
走ってきたクルマが俺の横で止まった。
ドライバーはニコやかなおばさまである。

「ニュースであなたを見たわ!今晩泊まるところは決まってるの?」

「ええ、一応。」

「そうなの、残念ね。ぜひあなたを泊めてあげたかったわ!」

うわぁー…。
俺・THE・熟女キラーの伝説が再び。

しかし、俺を泊めてやろうという人に1つの町で2人も遭遇するとはな。
なかなかうまくいかないもんだ。



小高い丘の上からマウンテンユニサイクリング。
実はブレーキのテスト中だ。
なかなか思うような効きにならず、アニカ宅のガレージとここを何度か往復して調整する。
何回目かでアニカ宅に戻った時、
無口なヤツだと思っていたグレタが突然「調子はよくなったかい?」と聞いてきた。
か、会話する気があったのか!

ユニサイクルはどうも、ベアリングにガタが出ているようだ。
今すぐにどうなるというもんでもないから大丈夫だろうが、気にはなる。



ディナーは、アニカが腕を振るってラザニアを作ってくれた。
ドイツ人が作るラザニア!

ラザニアって初めて食べたけどおいしいな。
それにしてもグレタとアニカの体積の差は凄い。体積差カップル!

ところでこのカップル、英語とアイスランド語を両方使って会話しているのがおもしろい。
普通は特定の相手とは決まった言語で話をしそうなもんなのに、なぜか毎回バラバラ。
話題によって違うのか、お互いの学習のためなのか。

そういえばアニカはドイツ出身だがグレタはアイスランド人。
食事時にどうも会話が弾まないので、

「アイスランドの食べ物はうまいけど、あの羊の頭だけは勘弁して欲しいよ!」

と言う、俺的定番ネタを振ってみたところ、グレタがニヤリと笑って、こう言った。

「飢えている時、羊の頭とブーツを出されたら、ボクは迷わずブーツを選ぶよ。」

うむ…案外おもしろいヤツなのかも知れない…。

食後、犬の散歩のためにビーチに行くけど一緒にどう?と誘われ、ついて行くことに。
グレタの愛車であるらしいロシア製のボロい4駆(アニカいわくロシアのレンジローバー)に乗って、
サウザルクロウクル郊外のビーチまで行く。

「アークレイリにも海はあるけど、ビーチはないのよ。」



なるほど、確かにビーチだ。
しかも広くて、美しい。

「ホラ、あそこにアザラシがいる!」

そう言われてよく見たが、目の悪い俺にはただの点にしか見えない。

「あれはアザラシじゃなくて泳いでいる人に違いない。」

そんなジョークを言おうと思ったが、またしてもタイミングをはずした。
どうも彼らの会話にうまく入り込むのが難しい。
きっと向こうも俺のことを無口なアジア人だなぁと思っていることだろう。



この海の向こうには北極があるはずだ。

日本からずいぶん遠いところにいるもんだ。
そんなところで、犬の散歩に付き合って、こうして海を眺めている。

もう21時を過ぎているのに、まだ夕暮れみたいだ。
日本だと今は朝の6時過ぎってところだな。
世界は意外と広い。



散歩から帰ってきたら、早々に寝かせてもらう。
やはり疲れている。

ヴァレリオとアニカが俺のことでやり取りをしたのは、『カウチサーフィン』というサイト上らしい。
世界中のバックパッカーがお互いの家に泊めたり泊めてもらったりするための、一種のコミュニティかな。
とあるアメリカ人が作ったサイトだそうで、
いかにもバックパッカー文化のある欧米人が作りそうなサイトだという気がする。
あのジェイソンがしきりに俺に勧めていたのもこのカウチサーフィンだったのか!と今になって納得。
でも当時はヤツが何を言っているのかやっぱりさっぱりわからず、

「コーチサーフィン?キミはサーフィンのコーチなのか?」

とかなんとか聞いていたものだった。
あいつがサーフィンをするとは絶対に思えなかったのだが、やはりな。

それにしても。
ネットで検索して、人に泊めてもらう、か…。

そのスタイル、どうも俺には合わない。画期的だとは思うけど。
安らぎたいなら金を出して泊まるし、
人と交流したいなら直に話し合って、お互いに気に入った上で泊めてもらいたい。

性格の問題かな。

色々考える間もなく、あっという間に寝てしまった。


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