5月5日(水) はみ出る




朝。
起きていくと、いつものようにグンラが朝食の準備をしてくれる。
それも今日で最後だ。

目の前の白いポットにはいつでもホットコーヒーが入っていて、
皆さんが心おきなく24時間コーヒーを飲めるようになっている。
昨日の食い過ぎとコーヒーの飲み過ぎでどうも胃がもたれているというのに。怖っ。



さらば狂犬パメラ。
こいつは常に誰かとケンカしてないと気がすまない。アメリカのようなヤツだな。



そんなわけで、記念撮影。
犬猫代表のソールがいい仕事をしている。

これから100キロ先のヴァルマリーズという町に2日ほどかけて向かうつもりなのだが、
おもむろにリンダが「ヴァルマリーズまでクルマで送って行こうか?」と言い出す。
1週間も入念に天気待ちをしたあげくにクルマで送ってもらったら元も子もないって!ネイタック!
でも気持ちは嬉しい。

玄関で出発間際にカレが「グンラが何かお土産を渡したいと言ってるよ。」と言うので待っていると、
彼女が持ってきたのはなんと、デカいジャムの瓶。それも2本!

「あなた、この手作りのジャムが好きだったでしょ?」

いや…確かに好きだが、好きなんだが…!

俺のリュックにそんな巨大な物体を入れるスペースはまったくない。
しかもガラスの瓶なんて途中で確実に割れてリュック内部が大変なことになる。
そして何より、それは重い!絶対に重い!!

カレに協力してもらってグンラを説得し、なんとかジャムのテイクアウトは諦めてもらった。
そりゃあ、こんな一輪車の旅じゃなかったら、喜んでもらってたよ。

グンラ、リンダ、カレの3世代に見送られて、1週間も世話になった家を出る。



まったく長いホームステイだった。
アークレイリに別荘ができた気分だ。
さらば!

1週間ぶりのフル装備は重い。ジャムがなくても充分に重い。
このマウンテンユニサイクルにもしばらく乗っていないが、果たしてマトモに走れるんだろうか。

見慣れたアークレイリの街を歩き、
何度か来たショッピングセンターの前まで来ると、
まだ開店前のセンターの入口あたりから、背広を着た男が走り寄ってきた。

「ヘイ、ヘイ!キミはあのテレビに出てたユニサイクルガイだね!
 もしよかったら、私に1分だけ時間をもらえないだろうか!?」

あらぁ、なんとも芝居がかった喋り方と大仰な身ぶりですこと。
まるで欧米のビジネスマンのようだ。(欧米のビジネスマンなのだが。)

どうやら彼は、オリンピック招致委員会だかなんだかのスタッフであり、
これからこの場所で、大勢の自転車乗りがパレードをするというようなイベントがあるそうな。
そしてキミにもぜひこのイベントに参加して欲しい!と言うようなことを、大仰な身ぶりで語るわけだ。

うーん…なんだかんだ言って時間のかかりそうなイベントだな。
そもそも自転車のイベントって。俺は一輪車なんだよ!
大体オリンピックに一輪車の競技があるとでも言うのか!
それに、イベントに集まった大量の人々に話しかけられるのもちょっと億劫だし、
何より今は、この街を出てまたチンタラと一人で黙々と走りたいの!
普通の男の子に戻りたいの!

と言うわけで、あっさり断って街を脱出。
俺は忙しいんだ!(言ってみたかっただけ。)



アークレイリには思わぬ長逗留をしてしまった…。

もう振り返りません!



こんな標識も久しぶりに見た。

一番上のイーサフィヨルズルは遠い上に変なトコにあるから論外として。
首都レイキャヴィークも結構近くなったなぁ。
あと1週間もあれば充分に1周が完了しそうな勢いだ。
このままだと時間が余るかな?
だからってイーサフィヨルズルには行きませんよ。



何気なく距離計を見たら1000キロを超えていた。

アークレイリですでに1000キロだったか。
リングロードの1周が約1500キロらしいから、すでに3分の2は過ぎたな。
これからはもう難所もないと思うし、そこはかとなく楽勝の予感がするぜ。



アイスランドに畑?珍しい。
この広い島は牧場にしか使い道がないのかと思っていたが。
でもそれは冬だからで、これからの季節は畑もたくさん見られるようになるのかも知れない。

このあたりはまだアークレイリに近くて、クルマが多い。
さわやかーにユニサイクリングできるのはもうちょい先だな。



で、アークレイリから14キロ。
さすがにクルマも減ってきたし、街の気配も消えた。
集団でサッカーをしてた子どもたちから声援をもらう。
こうやって手を振ってもらうぐらいがちょうど良い励みになるな。

しかしなぜか疲れてる。休み過ぎたか?
まぁ今日はちょっとした追い風だし、食料は充分持ってるし、近くに川も流れてる。
ゆっくり気をつけて行きますか。



なんだか風が出てきた。
ここらでひとつ休憩して、
グンラとリンダが出発直前に急いで作ってくれた即席サンドイッチを食うとしよう。

このサンドイッチ、3つもくれて結構な分量だったので、
ジョークのつもりで「これは3食分あるな!」と言ったら、

「もっといるのね?」

と真顔で返された。だからそんなに持てないって!ネイターック!

風が強くて何を言ってるのか自分でもよくわからん動画。



アイスランドによくある休憩所の看板。
休憩所と言っても、ちょっとした案内板のほかにはイスとベンチぐらいしかないのがほとんどだ。
俺はよくここにテントを張ったりするんだが、張っていいのかどうかは実はよく知らない。

ところであの看板の木のマーク、なぜかいつ見ても大体あんな風にちょっと傾いている。
シールを適当に貼ったのかも知れないが、俺はあれはワザとに違いないと勝手に確信している。



あーしんど…。

ここも谷なんだな。
川があって、山に挟まれてて、風がよく通る。
ついでに意外とアップダウンがあって疲れる。

走ってる時は、あんまり何も考えない。
ただ前を見て、長いなーとか、坂があるなーとか、要するに順調に疲れてるだけ。
たまに休憩するとふと我にかえって、俺はなんでこんなトコにいるんだ?なんて考えてしまう。

なんでこんなトコにいるのか。
旅に出るしかなかった。他に何もいい方法が思いつかなかった。
もっといい方法…、それはたぶんある。今はまだ気づかないだけで。
今こうしているのも、そこに近づくための道のりなのだろう。



うーむ、目前にいかにも長そーな坂が現れましたよ。
しかもどうも俺には、向こうの天気が怪しいように見えてしょうがないんだが。



もう18時だというのに、ここに来て雨はつらいものがある。
あれだけ天気を見極めて出発したのに、街を出た当日に雨になってしまうのか!?



そして極めつけ。峠が来ましたよ!

地図を見ると峠があるらしいことはわかっていたが、標高540メートルか。そこそこ高いな。
あたりに霧がかかり、雨もポツポツ降り始めている。
だが地図によると、この峠の頂上には避難小屋があるハズだ。
今夜はそこに泊まるのが上策かも知れない。
そうと決まれば、まずはこの坂をのぼるぜ!

現在このへんにいるのではないかと。

峠にさしかかると、雨はやんだようだ。
ありがたい。

なんせ、



雪に変わったからなぁ。

この期に及んでまだ降るか!!



雪とは言ってもみぞれに近い。
だから服が濡れる。
ハプンで買った防寒着の防水性が試される時がついに来たのだ!

18時半。
みぞれに当たりながら坂道をのぼりつつ、なぜか、

『上質の変態』

という言葉が脳裏に焼きついてしょうがなかった。
まったくゲンナリである。
たぶん俺は今、アボガドの腐ったような目をしている。



そろそろ峠の頂上付近のハズだが…。
あれ、避難小屋がみつからない。おかしいな。
雪が降ってる上に霧が濃いのでわかりにくいのかも知れない。

そんな時、背後から来たクルマが止まってくれた。
子持ちの若いお母さんだ。

「えぇ!?こんなところで何をしているの?乗って行きなさいよ!」

「大丈夫。この近くに避難小屋があるからね。」

「じゃあ、その小屋まででも乗せてってあげるわよ。」

「いや、この近くのハズなんだ。きっともうすぐだから。ありがとう!」

彼女は苦笑しつつ、いかにも『上質の変態を見た』という顔をして去っていった。

それにしても、クルマで止まってくれる人って、子連れのお母さんか熟女が多いよなぁ。
これはもしかしてアレか。母性本能ってヤツか!?
凄いと言わざるをえない。俺ならこんなヤツはたぶんいやきっと乗せないだけに。

ところで。
避難小屋がない。

峠道はもう上りから下りに移行してしばらくたつ。
このままだと峠が終わってしまうような勢いだ。
しまった、見逃したかな…。

もうこの際、下山するか。
標高が下がったせいか、みぞれは雨に戻り、あたりはすっかり霧に包まれている。



ここはもう焦ってもしょうがない。
霧雨のなか、水でも汲んで一休みだ。

服の防水性は予想以上に素晴らしく、服を着ている上半身だけはほとんど浸水がない。
よくわからないけどさすがはAQUATEXって書いてるだけのことはあるな!

ここでもう一度地図をよく見てみたが、
どうもやっぱり避難小屋は見逃して通り過ぎてしまったようだ。

アテにしてない時は偶然みつけて救われ、アテにしてる時はみつからない。
そんなもんかもな。



道は下りなので、雨でもなんでもとにかくユニサイクルで一気に走る。
途中でスキンヘッドのドライバーが何か咆えながらガッツポーズで写真を撮って走り去っていった。
人が大変な思いをしてる時にコイツは!
続いて別の男が前方にクルマを止めて待っているので仕方なく止まって少し話をしたら、
結局ヤツはただ単に「クレイジー!」と言いたいだけだった。
そんなことを言うためにわざわざクルマ止めて待つな!!



しかし、下りは速い!
なんだか途中からテンションが上がってきて、霧雨の峠をひたすら走り下りる。

今日は避難小屋で一泊して明日の朝に爽やかに峠を下ろうという計画だったのだが、
繰り上げだ繰り上げ!
今もまぁ、ある意味爽やかな気分だし!!



峠、終わっちゃった…。

とりあえず、ビスケットを食う。
喫煙者はこういう時にタバコを吸いたくなるのであろう。きっと。

雨はひょっとしたらこのままやんでくれるのかも知れない。
もう20時なのだが、濡れてる地面の上にテントを張るのもイヤだし、
このままもう少し、行けるとこまで行ってみるとしようか。



22時。
雨はすっかりやんでくれた。

いい風だ…。

もうこんな時間なのに、テントを張る気にもならず、ずっと走ってる。



22時半。
あたりはまだ、ほの明るい。

水の音、鳥の声、そして不思議な風。

心地のいい時間。

どこまででも行けるような。何もかもが優しく停止しているような。

俺は今、解放されている。



えーっと、23時前。あと13キロぐらい?
毎度のことながら、ここからが長い!



0時41分、ヴァルマリーズに到着。

おいおい、結局100キロ走って町に着いてしまったよ。
今朝にはアークレイリに居たハズなのに、俺はもう次の町に居るのか。
実感に乏しい。
避難小屋がみつからなかったというだけで、他に特に意味はないのだが…。

ところで。
一輪車を降りてしばらくすると、とっても寒いことに気がつく。

うわー寒っ。
熱血ハイパーモードは、終わって正気に戻った時がつらいぜ!

キャンプ場を探してみたが、町はずれは真っ暗で何も見えない。
もう1時を過ぎてるし、要は朝を待てばいいだけのことだな!
よし、じゃあこのツーリストセンターの前のベンチで寝っころがろう!

ツーリストセンターさん、たびたび野宿してごめんなさい!


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