4月18日(日) 再出発。




天気もいいし、出発だ。
気温はきっと0度もないけどな。

ローザのはからいで1泊1500IKという破格値で泊まれたホウカフェトルのコテージを出る。

昨夜食い過ぎた鮨飯もどうにか消化されたようで、体調もまずまず。
運動不足な頃の俺なら間違いなく腹を壊していたところだが、
今は運動向きの特殊な体質に変わってるようなので、大丈夫だ。

それにしても、今日でやっとアイスランドに来て2週間かよ。
すでに色んなことがあり過ぎて、個人的にはもうクライマックスという感じだったのだが、
実はまだあと5週間もいなければならないのだった。

……長っ!!



ヴァレリオが、クルマでトンネルの向こうまで送ってくれるという。

ハプンを出てしばらく東に行くと長いトンネルがあって、
そこはどうも歩行者通行禁止らしいのだ。
そんなことは気にせず走っていくつもりでいたが、ここはありがたく送ってもらおう。

フロントガラスのヒビ割れについていつか聞こうと思っていたのに、ついに忘れた。



トンネルを出て、ここからは独りだ。

「ローザにもよろしく伝えてくれ。」

「彼女も同じことを言ってたよ。」

フル装備のリュックを、4日ぶりに背負う。

…重ッ!!!

なにこれ、めちゃくちゃ重いぞ!!さすがは20キロ超。
こ、こんなの背負って、今までよく一輪車なんか乗ってたな…。
そして今、乗れるんだろうか…。

「ありがとうヴァレリオ。色々と世話になった。」

「困ったことがあったら必ず連絡してくれ!
 ここからの道のりはきっと険しい。
 ローザの知り合いはアイスランド中にいるから、助けてくれるハズだ。」

気合いを入れて、久々のマウンテンユニサイクルに跨る。
荷物は確かに異様なほど重い。
でも乗った瞬間、何かピタッとハマるものを感じた。
よし、どうやら行けそうだ。

ヴァレリオに見送られつつ、走り出す。

…見送られてるだけに、すぐに下りるわけにも行かず、結構な距離を一気に走るハメになる。

さらばだ。 



この感じ。ひさしぶりだ。
アイスランドの風景と、どこかへと伸びる道。
そこには俺だけがいる。

ユニサイクル・ツーリングのあの感覚が、みるみる蘇ってくるのがわかる。



しばらく走って振り返る。
あの背後の特徴的な山には見覚えがある。
いかにも魔王が住んでそうな山だもんな。
ヴァレリオの運転でカラフルな石の谷に行った時に見たんだった。

走り始めてだいぶ経ったような気がしたが、ここはまだそんなところだったか。
やはり一輪車は遅い。クルマとはまるで違う。

気温はかなり低いはずだが、ハプンで買った防寒着のおかげでむしろ暑い。
もしかしたら、これほどの防寒着は不要だったんだろうか。
いや、この服は、朝晩の冷え込み時にはきっと役立ってくれるに違いない。



休憩がてら、サンドイッチを食う。
実はこのサンドイッチ、ヴァレリオが作って持たせてくれたものだ。
アイツは田舎のおっかさんか!!

黒くて甘いパンに、塩味の効いた魚の燻製みたいなのが挟んである。
そういえば昨日アイツ、魚市場でこんなの買ってたな…。

甘いパンに塩味の魚という複雑な味わいのサンドイッチではあったが、
そのうち慣れてきて、だんだんうまいような気がしてきた。



あら、なんてわかりやすい標識。
どうやらここからは、海沿いの険しい道のりが待っているようだ。

落石なんて上から落ちて来るんだから注意しようがない!と今までは思っていたが、
この道を通って考えを改める。
注意するのは上から落ちて来る石じゃなくて、すでに落ちて路面に散らばってるデカい石なんだ。
一輪車だからよけて通れるが、何も知らずにクルマが突っ込んだらエライことだろう。

ところで、ここに来る途中、少し疲れたので歩いていると、
スクーターに2人乗りをして走ってくる若者に声をかけられた。
彼らはハプンの学生で、俺とヴァレリオが街で一緒にいるところを何度も目にしたという。

ハプンには色んな年頃の学生たちがたくさんいたが、
ヴァレリオはともかく俺はほとんど彼らと話す機会がなかった。
でも彼らのほうでも、実は俺に多少なりとも興味を持っていてくれたようで、嬉しい。

「ユニサイクルでアイスランドを一周するなんて、ボクには考えられないよ。
 それって、楽しいの?」

彼らは無邪気にそう聞き、俺は反射的に、

「そりゃあ楽しいよ!」

そう答えた。

俺がこうやって歩いていた時だからこそ、彼らと話す機会が得られたわけだ。
そういえばヴァレリオの時も、他の人たちの時もそうだった。
一輪車を降りて歩くのも、ときにはいいもんだ。



なんだかおもしろい岩がある。

あれほど大きくなくても、この周辺には石柱のようにポツンと長く伸びた岩が、時々ある。
なんでそんなものができるのかは知らないが、自然の力というやつだろう。
そしてそんな岩のことをアイスランドでは、妖精トロールが住む場所であると言うのだった。
昼間はただの長細い岩だが、夜になるとトロールの姿になり、なぜか一晩中ダンスを踊るんだそうだ。

ヴァレリオは、その手の岩をみつけるたびに「トトロー!」と叫んでうるさかった。
家の中でもよく喋り、ローザにはしょっちゅう「しばらく黙っていて。」と言われていた。
彼がいないと、アイスランドはこんなにも静かだ。



20時40分。
疲れたし、いい場所もみつからないので、
今日はこの、なーんにもない原っぱにテントを張ることにする。

あれだけ休養したわりに、今日は56キロしか進めなかった。
あまり調子よく走れたとは言いがたい。
右ヒザにも軽い痛みがある。1日もたなかったか。

スクーターの青年たちの、「それって楽しいの?」という言葉を何度か思い出した。
あの時は「楽しいよ!」と答えたものの、実際、どうなんだろう。
楽しいという言葉は、少し違うかな。

ここに来たくてここにいる。そして今はアイスランドを走っている。
楽しいかどうかというより、今の俺にとって、それ以外の選択肢は無いんだ。
ただ、そういうことのような気がする。

そういえば、ハプンに来る前の日に会ったカメラマンのおっちゃんに、また遭遇した。
あれから何日も経つのにまだこんなところにいるのかと、さぞかし驚いたことだろう。
それでも、あの街で休んだ意味はあったんだ。充分に。

風が強い。
今夜は冷えそうな予感がする。


ススム  モドル  ガットモドル

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