4月17日(土) アイスランドで鮨を握る




雨予報だった昨日は、結局降らなかった。
そして今日は雪予報の日なんだが、朝からいい天気である。
なんじゃそりゃ。

しかし、寒い。0度はない。風も強い。
日中なら身体を使って移動していればまだ大丈夫だと思うが、夜は危険だ。
やはりハプンにいる間に防寒着を買っておく必要があるだろう。



ところで、ここ数日で最大の発見は、このガスボンベだ!
日本でよく見る形のこのボンベ。
アイスランドには売ってないんだと思って諦めていたのだが、ひょんなことから発見した。

ローザが出勤途中でガソスタに寄り、

「ワイパーのウォッシャー液を補充するわ。」

と言ってなぜかクーラント液を入れるところに水道水を入れようとしていたので、

「ちょちょちょ、それは違う!!」

と言う善意の指摘をしたついでにガソスタのミニショップをのぞいてみたら、
なんとこのガスボンベがあったのである。
まさかこんなところにあるとは!
これで、コーヒーも紅茶も、インスタントヌードルも作ることができる!
これから寒いエリアに向かうに際して、強力な武器となってくれるに違いない。

いつものようにヴァレリオが迎えに来てくれて、ハプンの街へ。

まずは先日のホームセンターに行き、防寒着を買う。
4999アイスランドクローナ。4000円ぐらい。
安い買い物ではないが、これはもう絶対必要であると判断したので迷わず買う。

この服はスウェーデン製で、『TRUE NORTH』と書いてある。なんかスゴそうな名前だ。
携帯入れなどの収納が凝った作りで、かつ防水性もあるところが大変気に入った。
いい買い物をしたと思う。

ところで、先日は店のまんなかにドデカいケーキが置いてあったこの店。
なんと、今日もある。

今度はチョコレートケーキらしい。
なんなんだ。なぜなんだ。何かの記念日とかいうやつは、一体いつまで続くんだ。
前回の超甘ケーキとどう違うのかと思って懲りずに食べてみたら、今度はうまかった。
俺とヴァレリオで、しっかり2切れずつ食う。
店に寄るたびにケーキを食わせてくれるなんて、なんて気前のいいホームセンターなんだろう。
これ以降、俺たちの間でこの店は、『あのケーキ屋』と呼ばれることになる。

ハプンの港はそう大きくはないが、10艘ぐらいの船がいつも繋がれている。
が、その船が動いているところを見た事がない。
早朝には活動して漁にでも出ているのだろうか?ヴァレリオもよくわからないと言う。

彼いわく、アイスランドでは漁業が盛んなわりに、
アイスランド人自体はあまり魚を食べないんだそうだ。
確かにスーパーに行っても魚よりは肉類のほうがよっぽど目立つ。

獲った魚は外貨を稼ぐための商品としてほとんど外国に売るのだろうか。
そういえば北海道のスーパーでも『アイスランド産』と書かれた魚を見たことがある。

「でもハプンには、スーパー以外に鮮魚を売るマーケットがあるよ。」

とヴァレリオが言うので、そこに行ってみることに。



港に面した元倉庫みたいなボロい建物の2階には、確かに魚のマーケットがあった。
あの船たちもやっぱりちゃんと漁業してたのかぁと、変に安堵する。

しかしそれにしても、このマーケットには客が少ない。
街の人々の大半は、ここには見向きもせずスーパーに行くのだろう。
ヴァレリオの言うように魚をあんまり食べないというのが本当なら、なおさらだ。

そんな数少ない客の中で、ヴァレリオがまたしても知り合いをみつけて声をかけた。
メガネをかけてほっそりした、なんというかトボケたような顔の女性。
実は彼女、カトリーヌさんはアイスランドでも指折りのフルートの先生であるという。
そういや以前、そんな肩書きの人とクルマですれ違ったはずだ。この人のことだな。
そんな彼女に俺は、「日本から来ました。」と挨拶するつもりで、

「日本人です。」

と言ってしまった。国籍を宣言してどうする。

さて、客の少ない魚市場ではあるが、
ヴァレリオはあいかわらず陽気に人々と話しつつ、あれこれ魚を物色している。
そしてなぜか、俺に魚を選ばせようとする。

「スシを作るには、どの魚がいいと思う?」

「スシ!?さぁ、アイスランドの魚なんか初めて見るからわからんよ。」

「じゃあ、なんとなくでいいから、これでいいと思うものを選んでみて。」

…ひょっとして。
こいつ、まさか、俺にスシを握らせようとしてるんじゃないだろうな。
ありえる…。
あたりまえだがスシなんか握ったことないし、作り方もわからん。どうしろと。

「言っとくけど、俺はスシなんか作れないよ。」

「なんでもいいんだ、君が作ったモノならそれで充分だよ!」

やっぱりなぁ。
普通ならあっさり断るところだが、今回に限ってはちょっと悩む。
なぜなら一昨日はローザにアイスランド料理をご馳走になり、
昨日はヴァレリオにパスタを食わせてもらっているのだ。
どうやらヤツのアタマの中では、今夜はジャパニーズスシの日ということになっているに違いない。

うーむ。しょうがないか。
鮨なんて基本的には、酢飯の上に魚の切り身を乗せれば完成だろう。
味がどうだろうと知ったことではない。

そう思って、今度はエセ鮨職人の視点から、3つぐらいしか店がない魚市場を見直す。
…わけわからん魚ばっかりだ。
大体がすでに切り身になっているので余計にわからん。
店の人に名前を聞いたところで混乱に拍車がかかるだけだし。

これはもう、感性で選ぶしかない!

とりあえず、赤身の魚は見あたらない。マグロは無さそうだ。
ヒラメだかカレイだか(そのへんからすでにダメ)が1匹いるが、
デカい上にこいつだけ切り身じゃない。さばけそうにないのでパス。
ここはもう、無難に白身魚の切り身を適当に選んで買うしかない。

ここが南の島なら極彩色の魚たちに囲まれて、
「これは食えるのか?」というレベルから本気で悩んでいるところだが、
さすがは北の島アイスランド。
北海道と似たような地味ーな色の魚しかいないので、なんとかなりそうだ。

結局、地元の人が『イーサ』と呼ぶ白身魚の切り身を2つ買う。
買うと言っても、ヴァレリオが買う。
ヤツはどうあっても俺に金を出させないつもりらしい。

本人がいいと言う以上、ここは甘んじて好意を受けるべきなんだろうか。
金を使わなくて済むのは正直なところ助かるが、
彼だって金持ちじゃないことはこれまでの付き合いでわかっている。
『好意は嬉しいけど、これでは相手に悪い』という感覚は、日本人特有なんだろうか?

魚を買って、魚市場を出る。
外はやはり寒い。
まったく冬に逆戻りのような冷たい風だが、買ったばかりの防寒着のおかげで耐えられる。

今日は土曜日なので、いつも俺たちがたむろしている学校兼事務所の建物は休み。
ということで、街に唯一のショッピングモールにある、小さなカフェテリアに来た。
ここは何度か二人で朝食を食べに来ている、お気に入りの店だ。
この店の何がお気に入りなのかと言うと、
実はここには、俺たちのアイドルがいるのである。



俺たちのアイドル。
カフェのおばさん。

この人、いつ見ても絶対に不機嫌そうな顔をしている。
最初は俺たちが外国人だから嫌われているのかと思ったが、
しばらく観察していると、なんと誰に対しても平等に愛想がない。
そういう点が大いに気に入り、俺たちはこの店に来るたびに、

「今日こそなんとかして彼女を笑わせようぜ!」

と話し合うのだった。
本日も果敢に彼女に挑むヴァレリオであったが…。
やはり、ニコリともしなかった。
こうでないとな!!

カフェテリアの隣にあるスーパーで、スシの食材を買うことに。
そんなもんあるわけないとタカを括っていたのだが、あったよ…。

スシ用の米(なんでスシ用なのかは不明。ジャポニカ米ってことか?)
スシ用の酢(なんで以下略。すでに調合された鮨酢ではない。)
中国かどっか産のワサビペースト。
そしてなんと、キッコーマンの醤油!!
こんな最果ての島で、キッコーマンの醤油に出会えるとは夢にも思わなかった。
意外と手広くやってるんですね、キッコーマン…。



買い物を済ませ、ローザ宅に戻ってきた。

今日は土曜で仕事も休みだというのに、家に持ち込んでまで仕事をしているローザ。
仕事も暮らしものんびりやってるように見えるアイスランド人の中では、異色の存在だ。

「彼女は毎日働き過ぎで疲れてるんだ。休むと言うことを知らないんだから。」

そう言ってヴァレリオも心配顔である。
彼女はハプンで一番働いている人間に違いない、ということで俺たちの見解は一致した。



しばらく街に親しんでいたけど、ここはアイスランド。
街を一歩出れば、そこはいつもこんな感じなのだった。

またここを、一輪車で走るとしよう。明日から。



夕飯時までまだ時間があるので、
俺が泊まっているキャンプ場の裏手にあるあの山に、犬の散歩をかねて登ってみようということに。
山の隣の白いやつ、あれはやっぱり氷河なんだろうなぁ。
気軽に氷河がある島、それがアイスランド。

キャンプ場にクルマを止めて山に登ろうとしたら、
同じ目的でやって来ていたカトリーヌさん達の一行にばったり再会する。
あいかわらずボーッとした感じのカトリーヌさん。
しかし実は彼女、自分の家を一人で建てたという凄まじい根性の持ち主であった。
自力で家を建てるフルートの先生…。素敵です。



山を散々歩いて、下山中。
犬たちは広大なフィールドを自由に走り回れて楽しそうだ。
もう大丈夫だと思っていたが、さすがにちょっと右ヒザが痛いか。
まだ完全には治ってなかったらしい。
でもこの程度では、明日から再出発する気持ちは変わらない。

ヴァレリオがポツリと言う。

「ここでの生活は、単調なんだ。何もなくて刺激に乏しい。
 仕事もないし、インターネットも使い放題じゃない。
 豊かな歴史と文化がある日本に早く行ってみたいよ。」

「来ればいいんじゃないか。それだけ興味があれば、楽しめると思うよ。
 わりと勘違いしてる部分も多いと思うけどな。
 その辺を、自分の目でしっかり確かめてみるといい。
 もし来ることがあるなら、俺もできる限りのことはする。」
 
ローザ宅に戻ってきた。
ついに、鮨を作らなければならない時がやって来たのだ。
なんで俺がこんな目に…。

まぁとりあえずは、鍋で米を炊こう。

そしてその間、ヴァレリオのパソコンを借りて鮨の作り方を調べまくる。
インターネットはつくづく便利だなぁ。使い放題じゃないけど。

酢に塩と砂糖を混ぜ、鮨酢を作る。
ローザ宅には小さい分量を量れるハカリが無かったので、そこは適当に。

炊き上がった米に鮨酢を混ぜたのはいいが、あ、鮨飯を冷まさなくては!
うちわなんて小粋なモノがアイスランド人宅にあるわけもなく。



外で冷ます。
いやー冷えるからね、アイスランド。
しゃもじがないのは意外と不便であることに気づいた。

鮨飯が冷めたら、今度は魚の切り身をスシネタっぽく切り刻む。
意外と難しい…。

昨日のお返しのつもりか、ヴァレリオが動画で俺の苦悩する様を撮影している。

「日本の有名なジャパニーズ・シェフが今、スシを作っています!」

とかなんとか解説しているが、
俺のほうは初めてのことでまったく余裕がないので、真剣そのもの。

「…あ、怒ってるわけじゃないよ。」

ぐらいしか言わない。動画に対するサービス精神ゼロ!!

それになぜか、日本料理だからか真剣だからか、
こんな時だけやたらと日本語で独り言をつぶやいてしまうのは不思議である。
しまったー!とか、まずくはない!とか、ワサビつけるの忘れた!!とか。



ヴァレリオ撮影のヤケに薄暗ーい動画から拝借。
俺が鮨を握るのはこれが最初で最後だと思う。

いくらなんでもネタが一品の握り鮨だけでは寂しいので、
平行してインスタントヌードルも作る。
チキンテイスト、ビーフテイストと色々あったが、
中でも最もワケのわからない『オリエンタルテイスト』というのをあえて選んでおいた。

鮨と違ってインスタントヌードルのほうは気楽なので、

「見ろ、ヌードルをお湯に入れる瞬間!ここが一番大事なところなんだ!」

とか、

「イタリアにはオリーブオイルのソムリエがいるそうだが、
 日本にはヌードルのソムリエがいるんだ!」

などと、適当なことを吹き込んでおく。



なんとか完成。
ジャパニーズ・スシ!!
それと、オリエンタル味のヌードル。



さぁ、ローザも呼んで、ディナーといきますか。
ワインを飲みながら鮨を食べるというのはなんかオシャレだ。

ところで、こういう机を見ると無意識に床に座ってしまう俺は正しく日本人で、
ヴァレリオもマネしてあぐらをかいている。
ローザは一生そんなことはしないだろう。

肝心の鮨だが、これが意外と食えた。2人にもなかなか好評、だったと思う。
まぁネタが新鮮で鮨飯の配合がキチンとしてさえいれば、そうそうハズすことも無いのだろう。

イーサという白身魚は淡白な味で、スシネタとしてまったく合格。
たぶん俺がわからないだけで、日本だと和名で普通に知られている魚の仲間なんだと思う。
ヌードルのほうは…、オリエンタルテイストだった。

あー、よかった。
ドキドキもんだったが、ようやく肩の荷が下りたよ。

結果として、アイスランド人とイタリア人と日本人の3人が、
毎晩それぞれの国の料理を作って披露するという楽しい夕食を囲むことができた。
こんな風に仕向けてくれたのはもちろんヴァレリオで、
彼に出会っていなければ、鮨も、パスタも、羊のスープも食べることはなかった。

豊かな食生活。
穏やかな暮らし。
気の合う友人。

いろんなものを手に入れたハプンの街。

でも、よし、明日は出発だ。

俺はいつも無いものねだりで、今はまた、孤独な一輪車の旅を欲しているらしい。

余った鮨飯を、米を食える貴重な機会だ!と思って全部食ったら、さすがに多かった。
今動いたら吐く!というほどの満腹。
食い過ぎて苦しいなんて思いを久々にした。

大丈夫、明日からは、元通りだ。


ススム  モドル  アジャパー


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